「立香」
今、私の名前を呼ばれた?
前を向きかけていた顔をまた後ろに戻せば、彼の目は本から動いていない。……幻聴だろうか。
でも流石に、彼の目の前でやるのはかなり危険だ。ここはトイレで手短に済ませよう。多分このムラムラも一時的なものだし、ここを乗り越えればもう1週間我慢できるはず。
「……ん?」
立ち上がろうとしても、頭が何かに強い力で押さえられて立てない。何とか踏ん張って立とうとしても、頭に乗せられた何かは更に重くなるばかり。まるで大きな手に押さえ込まれてるみたいにも感じられるけど、上が見えないから何なのかは分からない。
諦めて再び胡座をかくと、上から大きなため息が聞こえた。
「立香」
やっぱり、幻聴じゃない。
振り返ると、手元の本から顔を上げた彼と目線が合った。だが、その瞳には怒気が混じっている。思わず私の足が勝手に動いて正座になるのも仕方ない。
「……あの」
彼は何も答えずに、足元で縮こまっている私をじっと見つめている。多分、彼は私の謝罪を待っていない。
「全部私が悪いんだけど、その……今、ムラムラしてます」
彼の顔を見る勇気が無い私は、じっと自分の太股を見つめていた。