*パブロフの犬ならぬ仔犬
断じて、"そういう"雰囲気というわけではなかった。極ありふれた日常の一幕、広過ぎず狭過ぎない——身を寄せ合うのに丁度いいソファの上で、取り留めのないことを話していただけなのに。かちゃり、と。最近ではすっかり掛けている時間の方が長かった眼鏡を外した、ただそれだけだったの、に。「ぁ…」反射的に、声が漏れた。浅ましく、いやらしく、欲に濡れた、声が。きゅう、と切なげにわなないたのは胸の奥か、もっと、奥か。思わず膝の上で拳を握る。こんな、こんなのって。恥ずかしい。だって、でも。彼が眼鏡を外すときは、ほとんど。"そういう"時、だから。更にぎゅう、と拳を強く握る。気づかれるわけにはいかない、こんなこと気づかれたく、ない。不自然に途切れてしまった会話を何とか再び繋ごうと視線を動かせば。「…っあ、」じっとりと、なにかを捉えるように——捕えるように、こちらを見つめる瞳と目があって。今度こそ、漏れた欲(声)を誤魔化せはしなかった。