本当にただ親切にしてくれただけみたいで、特にその後も何も言ってこない。こちらが逆に気を使いたくなるぐらいに。とはいっても、一体何を話せばいいのか全然わからなくて困る。困った雨ですね?とか?
迷っている間に信号が青に変わった。人波から飛び出そうにも傘が危ないし、まごついているとそのままおじさんが隣に立つ。追い討ちをかけるように、
「駅の手前のコーヒー屋までなら入れていけるが」
左上からいい声が降ってきた。ここから駅まではもうふたつ大きな信号があるし、この人ごみを考えると願ってもない申し出だった。
「いいんですか?」
「ああ。ずぶ濡れになるのは気の毒だ」
それきり、またおじさんは黙ってしまった。次の信号でまた立ち止まる。青に変わる。進む。また信号に引っかかる。
「……コーヒー、お好きなんですか」
駅が見えるところまで来て、やっとのことで会話の糸口を見つけ出した。こちら側の出口にはありがちなチェーン店がないことを思い出したのだ。
「割と。温かい飲み物はほっとするだろう」
特に今日みたいな雨で冷える日には、と続けられて、私は心の底から頷いた。靴が濡れて爪先が冷たい。
#雨とコーヒー