「すまない、ここで曲がる」
駅の2ブロック手前でおじさんはそう言った。もう信号もないし、歩道も広くなっているから人ごみも気にならない。走ればすぐだ。
「ありがとうございました」
「気をつけて」
最初に傘を差しかけてくれた時のようにうっすら微笑んで見送ってくれる。そのまま駅までダッシュして、振り返るとまだ見守ってくれていた。親戚に見守られてるみたいでなんかくすぐったい。試しに手を振ってみると、おじさんはこっくり頷いてそして建物の陰に消えた。
それにしてもあんなところにコーヒー屋さんがあるのか。なんかボロいビルがあることぐらいしか知らなかったけれど、ちょっと探検してみる必要がありそうだ。
電車に乗って、地元に着く頃には雨はやんでいた。おじさんのおかげでびしょ濡れにはならなかったものの、濡れたからそこそこ寒い。玄関の鍵をかけてそのまますぐ、さっさと服を脱いで洗濯機に放り込む。
『温かい飲み物はほっとするだろう』
不意におじさんの声が蘇って、着替えを取りにいく通り道、やかんに水を入れて火にかけた。
#雨とコーヒー