押せば落ちるのか、引けば追ってくるのかいまひとつ掴みきれないが、逃げようとするそぶりはやんでいる。どこまで近づけるか試すつもりで少し鼻先をすり寄せると、ほんの少し身体を震わせただけで特に抵抗もしなかった。それを承諾の証と見ていいか、その瞳を覗き込んでみる。しばし見つめ合ったあと、
「わ……」
藤丸が口を開いたと思ったら、
「悪い人だとは思っていましたがこういう方面でもですか」
などと一息で問いかけてきた。責めるような言葉ではあるが、コンディションはごまかしきれていない。じわりと高揚し潤みはじめていた目に加えて、いつものはっきり芯の通った声からやや少し柔らかさと色が乗ったものに変わっている。
昨日の夜、戯れのように取った言質をちらつかせようかとも思ったが、むきになられそうなのでやめた。
「なんとでも」
もう一度、するりと鼻先を合わせて唇に吐息がかかる距離で見つめる。押しのけられる気配はない。
は、と薄く藤丸が息を吐いた。瞳はまだ揺れていたが、そっと瞼に触れると迷いながらも閉じられる。
吐息を形作ったまま開かれた唇をようやく啄みながら、その味を堪能すべく自分もまた目を閉じた。