「藤丸さんが猫を連れてるってお話がね、他の方からあって」
大家のマダムから柔らかい口調でキツい目線が飛んできた。やばい。
「一応おたくを拝見してもよろしいかしら?」
質問の体だけどこれは拒否権がない問いかけだった。そして間の悪いことに今日はあの子を連れて帰ってきている。万事休す。
と。
「……お客さんか?」
ぎい、と短い廊下兼キッチンの向こう、居住スペースから、いつかバス停で介抱してくれたイケオジが顔を出した。……なんで?
「勧誘なら変わるが」
そう言ってマダムを睨めつける眼光は鋭い。マダムも負けじと、
「大家の田中ですが」
「これは失礼しました。姪がお世話になっております」
こんな叔父さんいたっけ?遠い目をしている間にも、二人はポンポンとやり取りしている。マダムはすっかり謎のイケオジに気を許したようだった。
「お大事になさって下さいね」
「どうも」
なにやらイケオジが風邪だがなんだかで転がり込んだことになっていた。マダムがパタンとドアを閉める。光が遮られて薄暗くなった室内で見つめ合う。
「水をもらってもいいか」
ちらりとドアの方に目をやった口が、まだいる、と動いた。