目の前に柳生さんが現れた瞬間、ざあっと耳の奥が鳴った。心臓が内側から胸を叩いて、手も足も熱くて。彼のくちびるがなにか動いたのが見えたけれど、なにも聞こえないまま立っていられなくなる。のっぺりと冷たい廊下は私を冷やしてはくれなくて、むしろ、どんどん、ほしくてーー。
柳生さんのスラックスが床に片膝をついた。くい、と上向かされると、眼鏡の奥の瞳が濡れている。欲しいものがもらえる喜びと申し訳なさは体を引き裂いてはくれない。ただ次に「して」もらえることが待ち遠しくて、喉が乾く。口で息をしているから唇も乾いてぴりぴりする。目の前でまだ引き結ばれたままの口で湿らせてもらえるかもしれない。
と。
「おかえり」
口付ける間も無く、驚く程ひどく優しい声と口の動きが、私を潤した。
「ぁっ……」
抱かれた肩に、押し付けられた肩口の匂いに、体の暖かさに、少し荒い吐息で耳をねぶる唇に、背中から下におりようとする手に、疼いた。ただいまを言うかわりに身体をぎゅうっと押し付けると、そのままリビングに引きずり込まれて部屋着を剥がれる。そこは、脱いでも寒くないぐらいに暖められていた。