落穂ナム
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「わ、懐かし」
立香が但馬の部屋に遊びに行くと、どこから手に入れたのか新しい毛筆をおろしていた。
「穂先のパリパリしたのをほぐすの、好きだったな」
無骨な手で器用に穂先を揉み解しながら、
「主の時代にはもう筆はなきものかと」
少し意外そうに但馬が呟く。
「一応ね、伝統文化だからなのかわかんないけど小学校……12歳ぐらいまでは学校で習うんだ」
「ほう」
何を書いたかなんて思い出せない。いや、いちど「納税」と書いた記憶はあった。遠い記憶を立香が思い起こしていると、ほぐし終わった但馬が穂先を撫でて足りないところがないか確かめている。
ふと、目が合った。
「ひゃん」
鼻先をくすぐられ、奇妙な声が出る。続いて頬、目の周り。目を眇めながら立香の顔に筆を走らせる男に、
「まだ羽子板負けるどころかやってもいないんですけど……!」
精一杯の抗議をしてみた。
「なるほど然り」
ふ、といつも通り吐息で笑った但馬の目が変わる。
「なれば紅でもお贈りいたそう」
そう唇に刷かれた穂先の感覚は先程と同じものとは思えないほど甘く、本当に贈られたときのことをちらりと考えた立香はただ翻弄されるばかりだった。

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「こっちに一如して」などと言っていたらドメインが取れることに気づいてしまったので作ったインスタンス