落穂ナム
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つまらない仕事だった。一方を過去のネタを餌にして呼び出しナイフで刺す。そのあともう一方を同じように呼び出し意識を失わせてからナイフを握らせる。指紋と刺入方向だけ気にすればよかった。
しかし、呼び出した現場にいたのは。
「容疑者は司法取引に応じ自首しました」
藤丸だった。倉庫街の暗がり、高架を挟んだ向こう側を走る車のライトが彼女の顔を一瞬照らす。その表情からは何も読み取れない。
「……よく口説いたな」
「命の危険がある旨伝えました。口を割った場合の処遇の具体例も」
「そうか」
この場所もおそらく取引の過程で聞き出したのだろう。現場慣れこそしていないが、群を抜いたコミュニケーション能力が本領を発揮したか。
「警部」
藤丸の瞳が、その気質を表すかのようにまっすぐ見据えてくる。
「なんだ」
周りに他の者の気配はない。自首した奴にも俺の正体が伝わっているはずもない。藤丸の口さえ封じてしまえば、真相は闇の中だった。
だが、まだ、そういう気にならない。何を言ってくるか、好奇心に負けた。
再びヘッドライトに顔を照らされ、眩しげに目を細めた藤丸は、
「もう上がりなら飲みに行きませんか」
そう言った。

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ichinyo.site/但馬守に斬られたい人たち

「こっちに一如して」などと言っていたらドメインが取れることに気づいてしまったので作ったインスタンス