落穂ナム
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お店は警部に任せた。何だかんだで、この人は美味しいもの、良いものをよく知っている。連れていかれた先に誰かいるのかもしれないと思わなくもなかったけれど、ここまで踏み込んだ以上帰れなくなることも覚悟の上だった。
倉庫街の最寄駅から二つほど電車に乗った、一見すると少し大きな古い家が立ち並ぶ住宅街のはずれ。一言も話さないまま連れられたのは、仕出しの看板を掲げた小さな居酒屋だった。カウンターが4席と、四人も座ればぎゅうぎゅうになりそうな小上がり。何か道具を持ったおばさま2人がカウンターにいたけれど、私たちが入ってすぐに席を立った。
「花街の名残の店だ」
有線の演歌に紛れる声の大きさで、警部が言った。
「長年のそういう席への仕出しで続けられるぐらいに美味い。今みたいなお座敷前の姐さんたちが来た後はほとんど客も来ない」
そんな説明を受けるうちに、頼んでいた熱燗と出汁巻とおでんがきた。店の人も忙しいのか心得ているのか、出すものを出してさっと引きあげてしまう。
お互いお猪口に注ぎあって、杯を掲げる。
「有能な部下に」
「……引き立ててくださる警部に」
口にした日本酒は甘く強く喉を焼いた。

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「こっちに一如して」などと言っていたらドメインが取れることに気づいてしまったので作ったインスタンス