落穂ナム
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「但馬殿も般若湯か」
厨で湯を沸かしていると、胤舜坊がやってきた。
「残念ながらただの湯だ。御坊が燗をつけるならば多少は分けられるが」
そう返答すると、若き僧は昼の明るさで笑う。
「いや。燗酒用でなければマスターとの夜の茶会用とお見受けする。拙僧は時間の有り余る身、気兼ねなく」
「かたじけない」
やりとりの間にも、胤舜坊は勝手知ったる、と言わんばかりに戸棚を開けて酒と徳利を探し当て晩酌の準備を進めている。
「とんだ生臭坊主ですまぬなあ」
視線を感じたのであろう、酒を注ぎながら槍の名手は苦笑した。
「いや、手慣れておると感心しただけだ。そも主従の矩を越える身、貴君のことをとやかく言えはせぬ」
しゅうしゅうと湯気が立ち上ってきたところで火を止め、水筒に湯を詰める。部屋で入れる頃にはちょうどよくぬるまっているはずだった。
「他のものに見つかれば都合も悪いが、我らのみの秘事なれば」
念のための口止めを仄めかせば、
「ならばマスターにもその由伝えていただこう。男二人の夜の秘め事などむさ苦しいにもほどがある」
その言いように思わず笑ってしまう。
「承った」
土産話にするには十分だった。

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ichinyo.site/但馬守に斬られたい人たち

「こっちに一如して」などと言っていたらドメインが取れることに気づいてしまったので作ったインスタンス