落穂ナム
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「アサボラケ、ってなんだったっけ」
布団に髪を流したままの主がふと呟く。
「意味が思い出せない」
「なるほど」
さて、どう説明したものか。腹這いのまま煙を一口吸い込んで考える。
「夜明けごろは夜明けごろだが」
「春はあけぼの」
「そこの違いが私には説明できぬ。同じものやもしれん」
幸い多少の教養を身につける機会はあったが、こういった機微までとなると役不足である。誰か分かりそうな、と同郷の物どもを思い浮かべていると、主人の唇が頬に触れた。見ればどういうわけかにっこりと微笑んでいる。
「但馬にも知らないことがあるんだねえ」
「それは大いに」
信を得るのは喜ばしいが、何でも知っていると思われると面映ゆい。所詮は一介の宮仕え、一介の剣士である以上、知らぬことの方が多いはずであった。がっかりさせたかと思いきや、
「……一緒に知ることができるね」
腹這いになった背に乗るように懐いてきた、その言葉に論語の一節を思い出す。
「学友には些かとうが立ってはおるがよしなに」
「うん」
背を包まれる温もりも、この娘に初めて教わった。学友どころか師だと申せばどのような顔をするか、楽しみだった。

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ichinyo.site/但馬守に斬られたい人たち

「こっちに一如して」などと言っていたらドメインが取れることに気づいてしまったので作ったインスタンス