バスを降りた途端、香箱座りをしている猫やぎゅさんとその前にしゃがむ男の人を発見した。やぎゅさんもこちらに気がついて、男の人を避けて軽快に私の足元にじゃれついてくる。
「やあ、飼い主さんかな?」
振り返って微笑んだその人は、そのまま立ち上がろうとして見事にバランスを崩してよろめいている。ドジっ子だ。
「耳のカットが入っていない子に見えたから」
そこの獣医です、と出された名刺は、たしかにすぐそこの『ろまん動物病院』のものだった。いつもすごい名前だなーと思ってた。
「院長先生ですか」
ロマニ・アーキマン。最初のロマと最後のンを取ったのかな……。
「個人経営だし獣医は僕だけだよ」
語り口も見た目も優しい人その人が、少し言いにくそうに切り出す。
「ええと、その子……まだ取ってない、よね?大丈夫?」
まさかのやぎゅさん、あわやオスの沽券に関わる危機。ちらりと見ると毛繕いしていた。言葉が分かっているはずなのにこの動じなさ。不動が過ぎる。
「毛艶がいいからちゃんと病気にならないようにはしてるのは分かる。けれどごめん、職業病なんだ」
人の良い先生を騙すのは心苦しいけれど、ひとつ芝居を打つしかない、