金曜夜の客 Show more
「じゃ、後は宜しくね」
「ういっす」
先に上がっていった先輩の背中を見送りながら、俺は店内の時計をちらりと見た。2つの針は丁度真上を指そうとしている。
――そろそろ来るかな。
そう思った時だった。
入店を告げる電子音と共に、180cm台の長身の老人が入ってきた。
歳は50から60だろうか。それにしては背筋もしゃんと伸び、着ているものも縦縞の濃い茶色のスーツに茶色の革靴に黒のクラッチバッグ、そして手首に光る高級腕時計とお洒落である。歳には勝てないのか後退気味になっている白髪をきっちりと後ろへ撫で付け、老眼なのか金属フレームの眼鏡を掛けている。見るからに勤め人というこの男は、金曜日の深夜にしか来ない常連客だ。
欠伸を堪えながらお決まりの文句を言うと、言われた男もいつものように軽く会釈をする。客と店員の間柄では、何の会話もない。男の方は名札で俺の名前を知っているが、俺は男の名前も職業も知らない。
しかし、男が買う商品は知っている。
「これを頼む」
「はい、『プレミアム羊羮』が一つ、『メガビッグボーイ』が一つ……」
そう、この男は羊羮とゴムを買うのだ。
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毎週金曜深夜12時に来て、店内の商品を物色することもなくすぐにプレミアム羊羮とコンドームを二箱から五箱、その日によって買っていく男は、コンビニバイト歴が長い俺の中でも謎の客だ。50、60代にしては多すぎるコンドームの数にカバーのためなのか何故か一緒に買っていくプレミアム羊羮。来るようになったのは半年前だから、最近ここに引っ越して来たのだろうか。それとも、この歳になって精力的になったのか。それとも、まさかこの歳になって恋人でもできたのか。
いやいや、そんなことはないだろ、普通。こんな爺に恋人ができるとしたら、相手も年相応の婆に違いない。
いつものように袋に羊羮とコンドームを詰め、レシートと共に渡していると、また電子音が鳴った。
「いらっしゃいませー」
「あ、やぎゅさん」
入ってきたのは、色白で活発そうな明るい赤毛の少女だった。年頃は俺と同じ大学生ぐらいだろうか。顔が幼いせいか高校生ぐらいにも思えるが、良い塩梅の大きさの胸やすらりと伸びた手足が大人びて見える。フワフワモコモコの短パンとTシャツから生える白い手足は、疲れた頭と体にはあまりにも毒が過ぎる。
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手に持っていた袋とレシートを取っていく感覚に気づいて慌てて前を向くと、男もやはりその少女に何か思う節があるらしく、更に眉間に皺を寄せていた。
「ベッドで待っていろと言った筈だが」
咎めるような口調とは裏腹に、その声色はいつも聞く厳しそうな低い声とは違い、チェロを思い起こさせる優しい声だった。
「いいじゃん、どうせ明日は休みだし。それに、その、待ちきれな、く、て……」
赤くなった顔を隠すように俯いたせいで少女には見えていなかったようだが、俺は俯いた瞬間男が少しだけ口角上げたのを見逃さなかった。男は、少女の顔の前に垂れた長い赤毛を摘まむようにして持ち上げると、赤いカーテンの中へ顔を埋めた。
「……ばか」
静かな店内に、小さな罵りが響く。
どうやら男が何か囁いたらしいが、俺には何も聞こえなかった。ただ、分かったことが一つだけある。
「ありがとうございましたー……」
少女の華奢な肩に腕を回して寄せた男と、さっき買ったばかりの羊羮とコンドームが入った袋を持って出ていく少女の背中を見ながら、俺は息を吐いた。
幾つになっても、モテる男はモテるなんて、不公平な世間である。
「こっちに一如して」などと言っていたらドメインが取れることに気づいてしまったので作ったインスタンス