家主の娘がくか、といびきをかいて眠りに落ちたタイミングを見計らって、そうっと用意された寝床を抜け出す。ベッドから死角になる、暗いキッチン兼廊下で人の姿になるとじわりと寒さが骨身にしみた。一宿一飯の恩義とはいうが、今夜の急な冷え込みとこの雨はそれ以上のものを感じる。
音を立てぬように居間へと続く扉を閉め更に玄関横の扉を開けると、思ったとおりそこがユニットバスだった。用を足して水を流す。聞き耳を立てても特に変わった様子もなさそうだったので、ざっとシャワーで流して先ほど拭われたタオルを拝借した。細心の注意を払いながら扉を開け、素早く居間の扉も押し開けておいて猫の姿に戻る。娘が起きる気配はない。なんとかやりおおせたようだ。

ほんの数分外しただけだったが、娘の寝姿はあられもないものになっていた。この寒いのに背中を出して、かけるはずの布団を抱きしめている。これではどちらが風邪をひくのかわからない。
危ない橋だとはわかっていたが、もう一度人の姿に戻って寝床を整えてやる。体を転がし、布団を引き剥がして掛け直すと、娘はくしゅんとひとつくしゃみをした。まずい。咄嗟に猫の姿に戻ると、娘の目が薄く開いた。

落穂ナム
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「……まだ朝じゃないよぉ……」
寝床まではたどり着けなかった私の体を寝ぼけ眼のまま持ち上げると懐に収めた。暖かい、柔らかな体に包まれてこちらも眠たくなる。先ほどまでの寝相の悪さに若干身の危険を感じなくもなかったが、この居心地には勝てず大人しく丸くなった。

バスで隣町の女狐殿のところに挨拶に出かけ、帰ってきたまでは良かったがこの雨である。雨宿りをしようにもとうに店が立ち並ぶあたりを通り過ぎてしまい、民家の軒先に入るにも人の身体の大きさでは不審極まりなかったために猫の姿に戻ったのだが。まさかこうも暖かな寝床にたどり着けるとは思いもしなかった。
私を連れ帰った家主は若干酒臭かったものの、猫の生態をよく知っていたのも助かった。タオルで身体を拭う時も手際よく、食事時も撫で回されるでもなくゆっくり頂くことができた。どうも家猫だと思われている節はあるが、それは仕方あるまい。
尾を見ているだろうに何も言わず、おそらくよその猫にも同じようにしただろう娘の優しさに感謝しながら、襲ってきた睡魔に身をまかせる。一度は強くなっていた雨音も、大分静かになってきていた。

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「こっちに一如して」などと言っていたらドメインが取れることに気づいてしまったので作ったインスタンス