私はお風呂が大好きだ。
湯船に浸かると忙しい日々から解放され、至福の時間に文字通り浸ることができる。一人、湯の中でいるとまるで何もかもが洗われていくような気分になっていく。風呂は心の洗濯、なんて言うのも納得だ。
更に、入浴剤。これがあれば全国各地の名湯が堪能できる。父親が物心つく前に亡くなって、母親も病死してからの独り暮らしの時は、よく日本の名湯シリーズの入浴剤を使っていたっけ。炭酸入りの入浴剤も実用性があるけど、名湯シリーズの入浴剤を使うと旅行に行った気分になって、侘しさも紛れた。
でも、最近になってから二人でのお風呂も良いことに気づいてしまった。
「クリスマスプレゼントがこれでは不満か?」
がぶり、とうなじを噛まれて思わず情けない声が出る。
「ううん、嬉しいよ。日本の名湯が再現できる入浴剤は久しぶりだし、これも高級品でしょ? ありがとう、柳生さん」
プレゼントの感謝を込めて、改めて彼のことを名字で呼んでみたが、なぜだか恥ずかしい。普通だったら名前の方が恥ずかしいはずなのに、いつの間にか慣れてしまったらしい。
「……名字で呼ぶな」
唸るような声と共に硬いモノがお尻に当たった。
「もう、やらないと言ったのに……」
片手で数えられないほど絶頂した体は汗ばみ、体はすっかり脱力していた。
「そうだったかな」
すっかりぬるくなったお湯を後ろから掛けてくれながら、しれっと私を何回もイカせた犯人がそんなことを言ってくる。まぁ、お尻にはもう何も硬いモノが当たっていないから良いけど。でも、彼のことだからきっとお風呂から出てもまたするのかもしれない。その展開を待ち望んでいる私も私なんだけど、好きなんだからしょうがない。
「立香」
「ん?」
「来年の2月に1週間の長期休暇と、旅館の宿泊予約を取ったのだが」
「え? 本当に? 大きな露天風呂貸し切りで?」
彼の仕事についてはあまり聞かないようにしているけど、62歳になっても再雇用制度とかで未だに働いている。重役らしいのか、しょっちゅう休日出勤や出張があったりして、長い休みが取れて、しかも旅行だなんて夢のまた夢だと思っていたのに。
「大きいかは分からないが、旅館の女将が言うには5人はゆうに入れる露天風呂があるらしい」
「そんな部屋に1週間も泊まれるなんて、まるで夢みたい……」
「まだ来年の話だぞ」
そう言う彼も心なしか微笑んでいる。
出会ってから一年半、俺はいつも彼女に驚かされてきた。驚かせても、予想外の反応に此方が驚かされてしまう。手綱を握っているつもりが、気づけば手綱を自ら離して彼女と共にその身を流されるがままに任していることも何度かあった。それでも、嫌な気はしない。むしろもっと、彼女と共にいたいと、これから先の人生を共に歩みたいと思うようになった。まあ、そんなことは彼女には言ってやらないが。言ったら一日中ずっと変な笑みを浮かべながら、俺を見つめるのが目に見えている。でも、いつか言いたいとも思ってしまうのだから、俺も大分彼女に惚れてしまったものだ。
そう思って微笑んでしまうほどに俺は、彼女にこの先の人生を渡そうと思ってしまった。
だから、眠る彼女から左手の薬指のサイズをこっそりと計った。だから、頭の固い上司たちを有能な部下たちの後ろ楯をもって説き伏せ、1週間の長期休暇と知る人のみぞ知る隠れた名湯がある旅館の宿泊予約を取った。だから、俺の分だけが記入済みの婚姻届を準備した。
「楽しみだね、宗矩さん」
「ああ」
ああ、早くお前に指輪を渡してやりたい。
そう思いながら俺は、彼女のうなじに顔を埋めた。