改札を出てジングルベルが流れる商店街をてくてく歩く。制服とカーディガンだとちょっと寒いけれど、キラキラしている街を見るのは好きだった。
 全部が焼けてしまったあと、受験もあるとかなんとかでうまく手続きをしてもらえて、同じ学校に電車で通えるようになった。歩いて20分だったのが電車で10分が増えただけだし、同じぐらい時間をかけて歩いて来てる子たちもいるから十分通える。制服とかは同級生のお母さんが卒業したお姉ちゃんのがあるから、と譲ってくれた。みんなずいぶん心配してくれて、カウンセラーみたいなひととも面談するようになった。ありがたくて、ちょっと居心地が悪いけれど、友達も後輩も先生もみんないつもどおりにしてくれようとしている。

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 結局、柳生さんのうちにそのまま居候することになった。里親制度と言われたから調べてみて、それじゃあ割に合わないんじゃ、と言ってみたけれど、
「もう少し小さくて手がかかるならともかく、君ももうほぼ大人だろう」
と淡々と説きふされてしまった。
「もし心苦しいということであればたまに洗濯物だけ乾燥機から出しておいてくれると助かる。入れたままにしているとシワが寄るからな」
お父さんを見ていたから、家でご飯を食べられるかどうかはわからない仕事だということは知っていた。おうちの中もすっきり片付いていて、少しさみしいぐらいだったから掃除もできる人だ。当面、言われたとおり気がついたときに乾燥機から洗濯物を出しておくことが私の仕事になった。受験もあるし、ありがたい。

 お父さんとお母さんのことは、思いだす。まだ火を見るのが少し怖い。

「……おかえり」
「……ただいま」
 玄関を開けると、珍しく柳生さんが家にいた。ジャケットを脱いで腕をまくっていたから、お風呂でも入れようとしていたのかもしれない。いるとはちょっと思ってなくてぎこちなくなってしまった。
「もうすぐクリスマスだがなにか欲しいものはあるか」
「へっ?」
突然の問いかけに間抜けな声が出てしまって焦る。へっ、て何よ、へっ、て。
「え、あ、と」
「思いついたら送ってくれ」
そう言いながら柳生さんはすっとお風呂場に続く洗面に入っていった。こっちはまだ靴も脱いでいない。
「……マイペース〜……」
思わず口から漏れてしまった。

 着替えてキッチンに入るとやっぱりお風呂だったみたいで、残りおよそ5分でお風呂が沸きます、と給湯器が知らせてきた。またソファーで寝てるかな、と覗いてみたけれどいなかったから、早々にもう入っているのかもしれない。
 何はともあれお腹が空いてきたので冷凍庫と冷蔵庫とにらめっこして、考えるのが面倒くさくなって鍋とおじやにすることに決める。小ぶりの土鍋を出してざくざく適当に切って、冷凍してあった鶏さんと一緒に鍋に入れた。あとはコンソメを入れて、と思ったところで、お風呂が沸きました、と結構なボリュームで告げられて気がつく。柳生さん晩ごはんどうするんだろ。
 今まで一緒にごはんを食べたのは、まだごたごたしていた間の数日間と柳生さんの奥さんにご挨拶しにに行った帰りで、お弁当を買ってきたりインスタントだったり外食だったりで、お家で作って食べるパターンは、まだない。柳生さんのことだから自分の分がなくても何も言わないとは思うけど。けどーーちょっとだけ、待ってみることにした。

 洗面からドライヤーの音が聞こえてきて、じきにドアが開く。リビングに入ってきたタイミングで、
「柳生さん、今日はもう出かけませんか?」
声をかけてみた。少し驚いたような顔をしていたけどさっきのお返しだもんね。
「ああ。適当に飯にして寝るつもりだが」
「お鍋つくったら一緒に食べますか?」
「いいのか」
「切って煮るだけですけど。鳥と野菜と、最後にお雑炊にしようかなって」
「食べる」
待っててよかった。とりあえず今入っている分は火にかけて一旦しまった諸々をもう一回出してちょっと多めにぶつ切りにしていると、
「どこかにカセットコンロがあるはずだが」
「ほんとですか」
「帰れる日はよくこたつで鍋をやった」
柳生さんがそんなことを言い出したので少し探してみたけれど、見つからなかった。ガスは見つかったけど、これだけじゃ使えない。
「明日聞いておく」
「お見舞い、一緒に行ってもいいですか」
尋ねると、柳生さんがじっとこちらを見つめてきた。
「正直に言う」
ああ、これは重めの言葉がくる、とわかった。柳生さんはしばらく間をおいてから目を伏せて、
「あいつがここに帰ってくることはもうない」
そう、告げた。

「え……」
「末期がんだ。医者から伝えられた余命よりは生きているが、そろそろ限界が近い」
淡々と続けながら、戸棚から取り皿を取る。
「来てくれるなら、あいつも喜ぶ。娘ができたと喜んでいたから。ただ前にあったときよりも大分やつれていることは知っておいてくれ」
かたかたと土鍋の蓋が鳴った。
「……すまん」
そんなの。そんなの、柳生さんのせいじゃない。けれど、私の口はその言葉を紡いではくれなかった。

 黙々と夕食をとる。割と美味しくできた気はする。味がするから大丈夫。
「うまいな」
ぽつりと柳生さんがつぶやいておかわりをした。
「……良かったです」
「洋風も悪くない」
そう言いながらどんどん平らげていく。
「柳生さん」
その勢いに押されるように、少し聞いてみたくなった。
「うん」
「食べたくないなあ、食べられないなあ、っていうとき、ありませんでしたか」
「あった」
ついと器に口をつけてあおってから、
「食わんと動けんから無理やり食った。君の参考にはならん」
きっぱりと言い切られて途方に暮れる。朝走ったりすればいいのかな、とかぼんやり浮かんでは、まだちょっとしんどいな、とどこかが叫ぶ。

落穂ナム
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「仕事でもなければ生活が立ち行かないわけでもない。ゆっくりしろ」
柳生さんが手を止めてこちらを見ている。お鍋が空になったかな、と思ったけれど、まだもうちょっと残っていた。もう一度見つめ合うと、
「……心配されるのも窮屈かもしれんが」
今度は柳生さんの視線が鍋に落ちた。
「身体が温まらんと心も沈みやすい。食える範囲で食ったほうがいい」
野菜だけさらえた柳生さんが私のお椀にすくい取る。はじめて、ぎゅっと拳を握ってしまっていたことに気がついた。

 次の日はお見舞いに行って、学校と塾に行って、ひとりでご飯を食べて。あっという間に商店街の店先にクリスマスのものよりもお正月のものが多く並ぶようになった、24日。数学にも飽きたし、ちょっとだけ、クリスマス気分の街に出てみようか。迷っていると扉をノックされた。
「いるか」
「はい」
時計を見ると夕方にはちょっと早いぐらいだった。これは、今日の晩ごはんもひとりだなあと思いながら扉を開けると、そこには大きな、それこそ私より少し小さいかどうかといった大きさの包みを抱えた柳生さんがいた。
「好みに合わんかもしれんが」
メリークリスマス、と差し出された包みを抱える。見た目ほど重くなくて、ふかふかしている。
「開けてもいいですか」
「もちろん」
リボンをほどいて包装紙をはがすと、大きな白いどうぶつの、ぬいぐるみとも抱きまくらともつかないふかふかが出てきた。目がぱっちりしてて、
「かわいい」
「よかった」
お礼を言おうと見上げた柳生さんの顔には珍しく『心底ホッとした』と書かれている。ちょっと面白くて、申し訳ない。
「ありがとうございます」
「あれから話す機会もなかったからな」

あれから。その一言で、あのときの気持ちが思い出されてしまって、息が詰まる。深呼吸しようとすると、むぎゅ、とアザラシを顔に押し付けられた。
「抱きまくらがあるんだから抱きついておけ」
じんわりと自分の体温がうつったこの子に抱きついていたら、なんだか泣きそうになった。せっかくもらったのに汚してしまう。顔を離すと、じっとこちらを見ていた柳生さんと目が合った。もう、真面目な顔に戻っている。だんまりのまましばらくして、
「ーー君がどうしようと、俺はかまわん」
柳生さんがそう言った。
「うちにいても学校に通っても働きに出ても、好きなようにすればいい。俺は、それを見守る」
まあグレて迎えに行く必要が出てくると困るが、と小さく付け加えて、
「周りがなんと言おうと、君のことは君しかわからん。君がしたいことを言えばいい。やればいい。気を使うな」
その淡々と、それでいてきっぱりした言葉の意味が頭に入るまでしばらくかかった。じんわりと染み渡ると同時に、鼻のあたりが熱くなる。
「……泣いてもいい?」
いい?って聞いてるのにもう泣いてる自分がおかしいけれど、それ以上にただ泣きたかった。わめきたかった。
「ああ」

それからはもう、わあわあ泣いた。こんなに泣いた覚えがないっていうぐらい泣いた。柳生さんは黙って洗面からタオルを取ってきてくれたあたり、さっきの私の迷いもお見通しなのかもしれない。そうして、ひとしきり泣くとスッキリした。
「落ち着いたか」
落ち着きはしたけれど泣きすぎて頭がぼうっとする。とりあえず頷くと、
「もし、君が嫌じゃなければ、見舞いに付き合ってくれないか」
珍しく早いと思ったらお見舞いだったのか。言われて初めて、リビングのテーブルに花がおいてあることに気がついた。優しい、奥さんに似合いそうな花の色だ。
「行きます」
でもちょっとまぶたの腫れぼったいのが引いてから、と言ったら、柳生さんはちらりと時計を見てから、
「20時には職場に戻る」
「じゃあ大丈夫じゃ」
「今日ぐらい一緒に夕飯にしないか」
もらった抱きまくらが暖かい。ぎゅっと抱きしめて、
「はい」
返事をしたら、真顔の柳生さんの目がちょっと優しくなったような気がした。

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